男性カップルが里親に

今日のYahoo!ニュース。

リアル“チョコレートドーナッツ”!

同じように思った方、多かったみたいで嬉しい。

 

これは大好きな映画だ。

ハッピーエンドじゃない。正直もやもやが残る。

だけど、見ようかな、どうしようかなと言われたら“絶対見て”と言いたい。

 

主人公カップルの愛に涙する人が多いのかな。

私はやりきれなさ、くやしさの方に目が潤んだ。

 

感じたもやもや、やりきれなさ、“なんとかならなかったのか?”と。

 

その思いにちょっと光が差したような、そんな今日のニュース。

 

私はひっそりこっそりBL小説を書いている。

この小説を書くにあたって、ひとつだけ決めていたことがある。

 

“登場人物は脇役まで含め、みんな幸せにする。誰一人不幸にしない。”

勝手な思い込みで凹んだりすることはある。

でも、完全な悪人は出てこない。試すようなことも起こらない。

 

そして、この話のラストも決まってる。

カップルは家族になる。子供もいる。勿論、実の子ではない。

里親という形とは少し違うイメージだが、親子になる。

 

親子が幸せか、というと正直疑問だと思う。

ひどい親もいるだろう、毒親という言葉も広く聞かれるようになった。

親だから子供を愛するとは限らない。痛ましい事件は後を絶たない。

 

それでも親子になって幸せなラスト、としたいのは

“ひたすら見返りを求めないで(自分以外の)人間を愛せる人”

“人の幸せを心から望める人”になれたら、人としてそれ以上の幸せはないのではないかと思っているからだ。

 

でも、そのためには自分たちが十分に幸せでないと難しいと思う。

 

欠けているものを満たそうとして、子供を求めるならそれは幸せでない。

欠けていると思っている時点で、そもそも幸せではない。

それは現実でもそうだ。

“彼が、彼女が、子供が”いないと満たされないから、認められないから

欲しいと思うなら、それは違うと思う。

 

まあ、満たされた人、ということを家族で表現しなくてもいいのかも、というところはあるけどね。

結婚して家族にならないと満たされた人でない、と言いたい訳ではない。

満たされても家族になる必要はない、他の選択肢もあるはず。

でも、今、小説の流れからいって表現できるのが“家族”なのだ。

 

今、小説の中の彼らは、自分達をしっかり満たそうと模索中の段階。

 

改めて思った。

前にも書いたが反応が薄い云々で凹んでたけど。

書き出したならちゃんと面倒みなくちゃね。

放置が一番不幸だわ。小説も現実も。

 

今回のカップル、そして家族、幸せになってほしいな。