マンチェスター・バイ・ザ・シーを見た。

割と肩書に弱いな、自分、と思う。

アカデミー賞男優賞、脚本賞ゴールデングローブ賞 主演男優賞だものね。

 

ただ肩書は何事も過剰にしてしまう。

期待したり、がっくりしたり。

捕らわれない人でありたいのにな。

 

感動したかったのだが、思った以上に静かな映画だった。

時折衝動的に暴力やパニックや号泣が入る。

でもそれ以外はひたすら静かだ。

頻繁に画面に映る白けた薄い晴れた冬の空は冷たい。静謐さ極まれり。

 

出てくる人たちはなにかを喪った人たちだ。

その失った悲しみを単純に人の心の通い合いで埋まっていく様を描くのかと思った。

全く違うとは言わないが、それはほんのちょっと、だ。

通いながら心の傷口に薄く保護膜が貼られたようで、それはまた破れる。

貼っては破れる。その繰り返し。

破れることが動、だがそんな人たちの過ごす街は静。

 

静は冷たい。放置されているような気持ちにもなる。

でも静がなければ動は落ち着くことはできない。

静はいつまでも動が癒えていくのを待っている。

 

そうだなあ、喪失を埋めるのはひとつの感動的な出来事ではない。

ドラマティックでもない。一度で完治もしない。

なのにどうして、短時間で、ひとつの出来事ですべてをいい方向に持って行きたがるのかな。

と静かに自分に問いかける。そんな映画。